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今日は魚市場の話でなく、
先日とても感銘を受けたことを書きます。 

22.23の連休に行った
長野県松本市で、

松本城のほかに
開智学校(国宝)を見た時のことです。
 

古い この写真は
幼児をつれた子供たちが
勉強している写真です。 

見たこともない光景で、
こういうことがあったのか
「すごい」と

感激して 涙がにじみました。 




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写真は 幼児をおぶった子守たちです。 

「子守教育」とは
家庭が貧しく、
幼い頃より奉公(子守)に出ている
子供たちを対象にした教育です。
 

長野県は今でも
「教育県」と言われますが、
こういうことがあるのか
こういうことをやっていたのか
と驚きでした。
 

「松本に子守に来れば
学校に行ける」と
岐阜や富山、新潟などからも
子守奉公に来たそうです。
 



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授業料は無償とはいえ、
子守の生徒達は奉公のため、
欠席することが多く、

大正7年の報告によると、
卒業生は入学者数の
1割程度だったようです
。 

松本では
明治31年に
「幾分の教育を加へん」と
読み書きや算術を教えたのが
始まりだそうです。 


IMG_0071.jpg



翌32年、開智学校男子部の中に
「子守教育所」として
正式に開設され、
放課後に授業が行われました。 

翌年には開智学校女子部に移転し、
その後 昭和9年(1934)まで存続し、
その後は併設の特別学級に組み込まれました。
 

長野県では
「子守教育」は明治16年に始まり
県内各地で行われたそうです。
 
 


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開智学校は
昭和39年まで使用されていたそうで
私は小学校6年で、
あまりに身近で驚きました。 

「子守教育所」は
昭和9年まで存続してから

併設の特別学級に組み込まれ・・・
とのことですが、
 

父や母が6歳の頃までは
この写真の光景があったということで、
これも驚きでした。
 



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今迄 全く聞いた事のないことだったし
身近な年代にこんなことが
とも思いましたし、


さすが「教育県」と言われる長野県だと思いました。 

開智学校が保存している教育資料は
日本で一番の膨大な量だそうです。
 

写真は
教室に入り口の床の木です。


こんなに磨り減っています。
講堂とか校長室とかとは
磨り減り方がすごくて、
 

きっと入り口の木は
踏まないようにまたいで入れと言われていたはずなのに
この磨り減り方
これも心に沁みた光景の1つでした。
 



古い写真とともに
心に沁みた忘れられない旅行になりました。
 





これをお伝えしたくて
ブログの場をお借りしました。
今日もご訪問ありがとうございました。 
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